何となく暇なときに読売新聞の大手小町のページに寄ってみることがある。女性中心のページだが、生活に関連したいろいろな話題がわかりやすく掲載されている。その中で読者の意見交流の場(発言小町)があり、何げなしに呼んでいたら「結納金は銀行振り込みで ・・・」 えっ、世の中はこんな時代なのかと一瞬驚いた。安全、合理的にと考えたら簡単に納得してしまう部分もあるが、自分の家族の身の上にこのようなことが起きたらと思うと、当世結婚事情にちょっとショック。
読売新聞 発言小町 http://komachi.yomiuri.co.jp/
たもと酒、結納、結婚式、披露宴と結婚にまつわる式典はいろいろとあり、本人や家族の方々の苦労も大変なものだが、命が生まれる時、命が絶えるときと並んで人生の一番大事な式典ではないだろうか。それゆえに大事に丁寧に物事を考えてほしいものだ。前述の結納金にしても、高額であるとか、遠方へ持参することを考えると分からない訳ではない。のし袋の中に目録を入れることで問題は解決しそうだが、では一体だれの預金口座に振り込むのだろうか。
成人式の女性の振り袖姿もそうだが、人生のイベントを簡略化したいということは今に始まったことではない。以前は婦人会の方々などが提唱していたがなかなか浸透することはなかった。これらのことはイベントというより一つの文化であることに当事者は気付いていないような気がする。世の中のいろいろなことが忙しくなり時間もないから簡略化したいと思う気持ちも分かるが、結納の式典を省いて結納金だけは頂くとなると、それもいかがなものか。
本当にこのような儀式がなくなってもいいものなのだろうか。よく無駄だから省くという方がいるが、何もかも無駄と表現すると自分自身の存在も無駄ということになってしまう。一つの文化としてとらえ、先代たちがどのような意味を込めて文化を作ってきたのかを考えなければならない。大事なことは本人や家族だけでなく、一つ一つの儀式にいろいろな人たちが関わっていることも忘れてはならない。経済的に無理ならば正直に相手に伝えることも大事だ。何も考えずに無駄だからということで簡略化するのではなく、文化を楽しむ気持ちも大事なことではないだろうか。