▲▲▲ 失敗学 ▲▲▲

失敗というと、何か後ろめたいとか、なかったことにとか、忘れてしまいたいというように、どちらかといえば消極的なことに感ずるが、最近学問の一つとして登場してきた。畑村洋太郎氏(東京大学名誉教授)が主宰する特定非営利活動法人「失敗学会」は失敗の原因を解明し、失敗の防止に関する事業を行うために設立された。失敗学は我々の生活、経済、科学と社会一般の失敗をもっと科学的に究明していく学問だ。
特定非営利活動法人「失敗学会」 http://www.shippai.org/
失敗を分類していくと、その行為にかかわる人により、自分だけ、家族、知人や同僚、顧客、他人などに分けられる。また失敗の被害がいつ現れるのか、瞬時、数日後、忘れたころになど。被害を受けた方が精神的な物、身体に、物質に、目に見えない物になど。笑ってごまかす程度のものであればそれもまた楽しい物であるが失敗は予想していないから面白いということも考えられる。
失敗の原因もいろいろあり一つの要因から幾つかの要因が重なりあうことで起きることもある。予想できた失敗、予想できない失敗と様々であるが、この原因をきちんと分析しないと、また同じ失敗が起きてしまう。この分析を正しく行われているために我々の生活が安定して過ごせていると言っても過言ではない。特に物作りや安全に対することは。物事の失敗の繰り返しの中で現在が成り立っている。私は昨年の夏に原因が特定できないままで死亡に至った労働災害にかかわった。男性がハシゴから転倒して頭を打ち亡くなる事故だったが、なぜ落ちたかがいまだに分からない。分からなくてもいいのかもしれないが、同じ事故が起きないようにするには事故の分析は絶対必要だ。
失敗は「責めない」

私のいつも行く電気製品量販店は失敗だらけだ。その例1、ビデオテープからDVDに映像を変換してもらったがDVDに映像は入っていなかった。技術的な問題より変換後に確認していない安易なミス。その2、住宅内の一部を200ボルトにする電気配線工事を依頼したが、100ボルト用配線に200ボルトを直結。そのためその先の照明器具が破損。業者に前もって従前の配線図を見るかと聞いたが、見なくてもわかると発言。慣れからの失敗である。それ以外にもあったが、量販店との付き合いは私はやめることにしなかった。人間である以上失敗することはあり得ることなのだ。業者の係員を責めてもしかたがない。もし自分が失敗したらと思うと責めることができなかったし、責めないことも人間ではないだろうか。























人口が減少して鉄道がなくなったのか、鉄道がなくなり生活の不便さを感じたから人口が減少したのか、どちらとも言えないが過疎と鉄道の廃止は何らかの関係はありそうだ。以前、能登半島を縦断していた旧国鉄の七尾線と能登線は生活と観光産業の基盤となっていたことは確かである。鉄道そのものが昭和の懐古物となっているような気がする。しかし、隣の富山県(高岡市と富山市)はライトレール(Light Rail Transit)という新形態の鉄道が始まっている。

